りばみさ世界一周しちゃうブログ🐒

りばみさです🐒世界一大好きな女の子と結婚すべく世界一周へ✈️同性婚が認められている26ヵ国に2019年4月からおじゃまします💃さあ果たして世界一周できるのか!いろいろゆる~く発信中。

英語が出来ないのに、海外にこだわる理由。今の「私」が出来上がったひとつの過去、「英語」

 

こんちはりばみさです!

 

突然ですが、

POMU.ME

というやつに、彼女と私のSNSをまとめてます。

https://pomu.me/loveislove.japan/

 

ここの、私のブログの紹介欄に、

 

りばみさ【ブログ】‣‣‣26回結婚式とLGBTを知って欲しい。レズビアンである私が、日々の気持ちをお届け中。必見です。

 

と、書いたのです。

でも、今日は26回結婚式でも、LGBTでもない、

私の「英語」事情についてお話ししようかと。

 

いっつも同じような話じゃ、つまらんでしょ?

みんなにシェアしてみたいと思ったので、書いてみることにします。 

 

〇私の英語事情

海外経験は少しあり。

ざっとこんな感じ。

最長は2ヶ月といったところ。

 

そして、気になる私の英語事情。

  •  日常会話は聞くことは出来ますが、話すのには少し苦労する。
  • そして、テスト的な、文法とか作文とかは人よりできない。
  • 一般動詞は分かるようになったけど、完了形からすべての項目理解してないに等しい。

この "できない" は、過去に理由があると思ってる。

 

〇英語学習に対するトラウマ 

英語が苦手になったのは、中学時代。

 

「一般動詞」の分野でしっかりつまずき、むしろ転んで、

起き上がって、また歩き始めた頃には追いつけなくなっていた。

 

 ちょっと言い訳すると、先生との相性が悪かった、というのもある。

 

 英語学習始まって、ほんとにすぐつまずいた私は、

 

「できない」「わからない」

 

と、声を上げることができなかった。

 

分かっているふりをして、できるふりをしていた。

もう、自分で勉強しても分からないくらい、理解出来なかったのに。

 

だから、授業も聞いているふりをしながら上の空。

めちゃくちゃきれいにノートをとってるけど、

黒板をただうつしているだけ。

中学2年くらいになると、

簡単な文章を、みんなが読めるようになってくる。

 

だけど、もちろん、

私は何も分からず。

 

そんなとき、

授業で文章を訳す担当になってしまったことがあった。

 

こうなると、分かるふりはできない。

 

ごまかせない状況下に置かれ、

私は黙ることしかできなかった。

何も答えられず、

先生にヒントをもらっても、

そのヒントの意味も分からず、

でも、「分からないです」が言えずに、

ただ、ただ黙っていた。

 

この日をさかいに、

 

私は、英文を精読しようとすると、思考が停止してしまうようになった。

 

だから、流し読みして分かるふりをしていた。

でも、一般動詞も完了形も、

SVOCみたいな文構造も、

すべて分からないから、

流し読みして頭に入ってくるのって、

eggとか、appleとか、

知ってる名詞だけ。

 

ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、

誰と誰が姉妹で、誰と誰が付き合ってるのかとか、

もう何も分からないのだ。

だから、

「カフェで勉強している少年の物語」

だと思っていた文章が、

「カフェで別れ話を切り出している男性」

が、出てくる文章だったりする。

 

2年生の時点で、

英語の模試の点数、平均40点。

パパに、「50点満点?」といつも聞かれていた。

もちろん、100点満点だが。

 

これでは、受験に支障がでるから、

英語塾のようなものに通い出した。

マンツーマン。

ひたすら文法を勉強する。

 

ここでも、短文を読む時間が訪れる。

もちろん、私しかいないから、訳すしかないのだが。

自分から声を発したのは、たぶん半年通っていて数えるくらい。

しっかり、思考停止状態から抜け出せず、

ちょっとは点数上がったけど、

受験の英語の点数、55点。

志望校に落ち、私立に入学。

 

ちょっとだけ、

「出来ない」ことを表に出し始めたけど、

どこか躊躇していて、

「いや、できないけどこれくらいは。。。」

と、盛っていた。笑

 

高校でも、英語は出来ず、

センターの模試の点数は、平均70点。

パパに、またも「100点満点?」と聞かれ。

「200点満点だよ」と、答えていた。

 

100点を超えたのは、数える程度。

運良く、推薦で今の大学に受かったからよかったものの、

かなり危機的状態だったと、今は思う。 

ちなみに、

この頃も、文を精読するときは、

なにも考えられなくなる状態が直らず、

文を読むことも、訳すこともできなかった。

 

これが、私の英語のトラウマ

 

実は、このトラウマをトラウマだ、と気づいたのは数日前。

私のパートナーである彼女に、

英語の勉強をしようといわれ、

ある教材の文章を読んでいたとき。

 

彼女は、「この文構造は?」

と聞いてくれる。

 

でも私は、何も言えない。

"I" が主語なことくらいは分かる。

でも、それも口に出すことが出来なかった。

そして、他は本当に分からない。

責められているわけじゃないのに、

声も心も体もきゅっって小さくなって、

目の前の英文が、"文字" でしかなくなって、意味が入ってこないことに気づいた。

 

あ、直ってない。

 

と。

 

だから、私はこれを

数日前からトラウマとして認知することにしたのだ。

 

〇英語が出来ない私が、国際学部にいるわけ 

私は、国立大学の「国際学部」にいる。

その名の通り、国際的なことを学ぶ学部。

 

英語をめちゃくちゃ使うし、求められる。

英語の授業もある。

周りは、英語できるpeopleで溢れてる。

 

ここまでたどり着いてしまったのは、

私のある意味「執念」と言える。

 

中学校で、one directionにはまった。

そこから、洋楽を好み、海外に興味を持ち、

行ってみたいと思うようになった。

洋画も見るようになり、英語を聞くことが好きになった。

と同時に、

話せるようになりたい、と思うようになった。

 

 そうして、

「海外に行けば話せるようになる」

と、思い込み、今まで通り勉強をやらず。

 

文系を選択し、

英語系に進むことを確信していた。

そしてなぜか、大学にくれば話せるようになると思い込んでいた。

ぷらす、自分が英語が出来ないということを、理解していなかった。笑

 

これがちゃっかり国際学部にいる理由。

 

〇英語に、海外にこだわる理由 

それは、「ぺらぺら英語話せる人ってかっこいい」

 

という、憧れがつよいからだ。

それだけ。

あと、海外に行く自分がかっこいいから。

というのもある。

 

21世紀に生まれて、

海外の情報がたくさんはいってくるのに、

行かないなんてもったいない。

行く手段があるのに、

行かないなんてもったいないと思う。

 

だから、海外にこだわり続けている。

 

そして、これだけ英語にこだわり、

かつ前向きに捉えるようになった理由は。

 

ずっと「苦手」と向き合わないで、目をつぶっていた自分が嫌いだった。

 

でも、海外に対する強すぎる憧れがあったおかげで、

「海外に行く」という機会をゲットした。

そしたら、

「苦手」でもなんとかなることが分かった。

 

そしたら、自分がちょっと嫌いじゃなくなった。

「苦手」だけど「好き」が強くなって、「楽しさ」を初めて感じることが出来た。

 

「苦手」を認めることができたからこそ、

その先の楽しさに触れる事ができた。

そしたら、新たな道ができた。

 

だからつまり、「苦手」でもどうにかなる。

文法出来なくても、ある程度はどうにかなるということ。

 

まとまらない、

こんな私の "過去" をシェア。

少しずつ、私の過去を紹介しつつ、「りばみさ」をシェアしていければと思います。

 

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読んでくれてありがとう!

以上!りばみさでした!

 

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